大阪城

大坂城の七不思議?黄金の水!今でも残る石垣!太閤秀吉の怨念!

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今回は好評の大阪城シリーズ!
(*'ワ'*)

歴史に詳しい、マルコ・ポーロさんに
大阪城の七不思議を
聞いてみました。

ちなみに、
これも教えてもらった話ですが、
大阪の漢字ま元々「大坂」
だったそうです・・・。

大阪人の私が知らなかった!
Σ(・□・;)

 
 
【今回の内容】

  • 大坂城の七不思議 『黄金の水』
  •  

  • 大坂城の七不思議『太閤秀吉の怨念?』
  •  

  • 大阪城の七不思議 現代では?

 
 

大坂城の七不思議 『黄金の水』

 
大坂城には今でも残る『金明水井戸』という井戸があります。

「金城見聞録」によると、金明水井戸は『黄金の水』と呼ばれていたと記載があります。

豊臣政権時代に掘られたこの井戸は、6月16日に一日だけ使うことが許されました。

井戸の水は氷のように冷たく、この水の中に漬けられたものはずっと味の鮮度を保つことができたといいます。

その理由は「水中の毒を防ぐために水底に多くの金が沈んでいる」と記録されています。

そして、黄金の伝説を伝えるエピソードがあります。

昔、泥棒の梶助が井戸底の金を盗もうとしましたが、底まで下ったところで大石を格子状に並べた蓋がしてあり、なんと黄金はその下に沈んでいたのです!

梶助はどうもすることも出来ず、泣く泣く引き上げたと伝わります。

豊臣政権時代の遺跡は地中に埋まってますので、この話が本当だったら今でも黄金の井戸が残っているかもしれませんね!
 

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大坂城の七不思議『太閤秀吉の怨念?』

 
大坂城といえば、豊臣家が滅ぼされたあとに徹底的に破壊され、現在の遺構が残る大坂城は徳川政権時代に造られたものです。

しかし、徳川政権に建てられたこの大坂城、1665年までの50年ほどのあいだになんと天守が2回も消失しているのです。

しかも最後に消失したのはなんと秀吉の命日だったのです。

大坂の人々も『太閤さんの怨念や』と恐れたといい、それ以降江戸時代のあいだに天守が建てられることはありませんでした。

 
 

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大阪城の七不思議 現代では?

 
その後、現在の復興天守が建てられたのは1931年(昭和6年)のことになりますが、それ以来太平洋戦争の空襲も経験しているにも関わらずものの消失することもなく、ずっと大坂の地に立ち続けているのです。

大坂市民でも「太閤さん今度の城は喜んでくれたみたいや」と話したといいます。

現在の大坂城になるまでの面白い逸話ですね!

 

他にも『蛸石』伝説や『人面石』などの伝説もあります。

気になる方は調べてもらって大坂城の七不思議や太閤さんの思いに浸りながら大坂城を見学するといいかもしれないですね!
 

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まとめ


黄金伝説のある金明水井戸。
 
 

徳川が立て直した大坂城を焼失させた、太閤秀吉の怨念。
 
 

蛸石伝説や、人面石などの話も!

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